online哲学カフェ “電子問答連” 


電子「問答連」第5回 ケア労働とベーシックインカム 

山森 亮さん(同志社大学 経済学部教授)

 9月26日(土)2時から4時までの予定です。

 今回の哲学カフェでは、同志社大学経済学部教授山森亮さん(著書に「ベーシックインカム入門」(光文社)「貧困を救うのは社会保障改革かベーシックインカムか」(人文書院))から、ケア労働とベーシックインカムというテーマでお話をいただきます。ベーシックインカムとは、すべての人に無条件で一定の所得が保障されるべきだという考え方で、今までの社会保障や社会福祉、あるいは労働の考え方について新しい視点を提供するものとして、この数年、世界的に脚光を浴びてきているものです。

 お話の中で、イギリスのフェミニズムの運動において、1970年代に、労働者階級出身の女性たちが「要求者組合運動」を通して、社会保障給付のあり方を批判し、中産階級のフェミニストたちとの軋轢を乗り越えて、その中で、ベーシックインカムの要求をかかげるようになった歴史がたどられます。

 彼女たちは、女性が男性の扶養に頼ることなく、自立して自由に生きる権利が認められていない社会の変革を求めると共に、そのためには、さまざまな資産調査や労働能力調査を必要としない、個人に「無条件に一定の所得を保障する」制度が必要だと考えるに至りました。(「女性は、勇気をもって、自らの権利を主張すべきである。扶養や提携といった事柄は、手当の図式の範囲の外部にあるべきである。雇用されているか非雇用であるかに関わらず、すべての個人は保障された最低限の収入を明確な法的権利を伴った権利として受け取るべきである。児童手当は、この権利のトップに掲げられるべきであり、毎日子供たちのケアに責任を持つ人に対して支払われるべきである。」)

 このようなイギリスのフェミニズム運動の歴史の中で、とりわけ興味深いのは、「ベーシックインカム」を要求するグループが「家事労働に対する賃金の支払い」を要求するグループを批判したときの考え方です。

 「私たちは、私たちがそこで暮らしたいと思う種類の社会のために戦いたい。これは、私たちの主要な視点である。ここが、私たちが「家事労働の賃金」の考え方に同意できないところである。それは、家庭において女性たちによってなされる仕事を、その愛情労働という罠から脱神秘化し、資本に仕えるその役割を認識することを要求する試みかもしれない。しかし、それは、私たちの母としての、家庭の主婦としての、性の対象としての役割における、生産に必要な社会関係の再生産者としての私たちの機能については、何も語っていない。女性たちの闘争にその外部から持ちこまれた要求として、それ(*家事労働に対する賃金の主張)は、この闘争が、しばしば労働力の再生産者としての女性の役割の認識をこえて進むという事実を否定する。このことは、その要求の性質と役割について全体としての疑問を引き起こす。」

 ここ(しばしば労働力の再生産者としての女性の役割の認識をこえて進む)には、非常に深い視点が示唆されているように思えます。この「ベーシックインカム」の運動にかかわった女性たちにとって、子供のケアという労働、あるいは、社会関係そのものを再生産するものとしてのあらゆるケア(*ケア労働は、労働であると同時に、否応なく、愛情であったり、友愛であったり、絆であったり、いわばいわゆる「労働」ではないものと連続的であるという特殊な性質を持っています)を、単に金銭的に評価したり、(労働力の再生産の費用として)支払い労働とすること自体が運動の目的ではなかったのです。そこで問題にされていることの一つは、人と人とのきずなを維持するための協働やケアや愛情といったもののすべてを、資本制社会における等価交換の図式でとらえようとすることがもたらす歪みだったのではないでしょうか。

 彼女たちは、「所得」を狭い意味での労働や生産の視点でのみとらえることのゆがみを批判し、すべての人が、一人の個人として、その尊厳にもとづいて評価されるための基礎的な条件として、ベーシックインカムの理念をとらえていたと思えます。ベーシックインカムを単なる社会保障給付の代替原理としてだけではなく、人と人との絆や労働の意味を、資本制社会の経済原理とは異なった視点からとらえなおし、支払い労働と支払われていない労働、そして本当に人間にとって必要な労働?や貢献?とは、何なのかという点を考えるためのヒントとして、みんなで、話し合えたらと思います。


 文字通りのパンデミックが地球規模で起っています。世界各国においては様々な取り組みが行われなんとか新型コロナの蔓延を食い止めようと していますが、十分な成果が現れているようには思えません。とりわけわが国の対応は、「マスク二枚の配布」が噴飯モノであることを改めていう までもなく、後手後手の感があります。また、経済と命を天秤にかけるような政策的な誤りがあったようにも見えます。

 一方で、「今は事態を収拾することが先決で政府の批判をするときではない」との意見もあります。しかし、全国民が一丸となって取り組むこ との怖さは、「一億火の玉となって」であろうと「一億総懺悔」であろうと明治以降の中で何度となく見てきた光景です。こうした状況であればこ そ、個々の人間が自分の考えを表現し他人の考えに耳を傾けること、すなわち「対話」することがいかに大切であるかということをいわなければな らないと思います。

 5月から開始する予定で計画を整えた第六期哲学カフェは、コロナの蔓延で世話人の力ではゲストや参加していただく皆さんの安全を保障する ことが難しいと判断し中止を決定しました。しかし、先の状況を勘案した上でなんとか「哲学カフェ問答連」を予定通り開催することはできないか と思案してきました。

 その上で、各自が在宅しながらインターネット上対話することが可能ではないと考え新たに「電子版問答連」の瓦版を発行しご案内することと しました。なお、従来参加していただいた方の中には、デジタル・デバイドによって今回はその環境が整わない方もおいでになると思います。誠に 申し訳ないことだと思いますが可能な限り従来の「瓦版」において事後報告の形になるのですがお届けしたいと思っています。

 なおインターネット上で使用するツールはZOOMというシステムを使いたいと思います。使用方法につい ては以下を参照してください



「ZOOMの使い方」について

 インターネット上でご参加いただくには次の手順で事前の作業をお願いします。

 @参加していただくためには、PC(コンピューター)またはスマホ(アンドロイドでもアップルでも可)をご準備ください。PCの 方は、マイクロフォンとWEBカメラをご用意ください。

  A準備ができましたら、開催日の前日(第1回の場合は5月22日金曜日)までに下記のアドレスまでにメールを送付してください。

 B開催当日の1時までに、「招待メール」を送付させていただきます。

 CすでにPCにZOOMソフトがインストールされている場合は、メールに記載されているアドレスをクッリクしていただければ参加 可能のとなります。そうでない場合は、アドレスをクリックしていただければソフトをインストールしないで参加できる手順が示されま す。この際、「サインアップは無料です」との表示が出ますが無視する形で進んで頂いて、ひたすら「会議に参加する」ことを選択してく ださい。

 Dスマートフォンでの参加をご希望される方は、ZOOMアプリがインストールされていることが必須となります。事前にお済ませく ださい。

 E参加していただく場合それなりの設定をしておくことで「匿名」とすることが可能です。

 F当日1時からテストのために約30分程度ホスト局を開設しておきます個人設定にご利用ください。