第5回は9月23日(土・祝)午後2時から4時まで


 「哲学カフェ」ということばをどこかでお聞きになっていると思います。哲学的な問題を自由に語るという自主的なグループを呼ぶのにつけられた名前です。“問答連”はそれを子どもたちの間で展開しようという試みです。

 皆さんもご承知のように、昨今の子どもをとりまく状況はかなり厳しいものになってきています。それに対して大人の世界はなす術をもたないのか、あるいは古い価値観で問題を解決しようとしているか、有効な手立てを欠いているように見えます。とりわけ、「道徳の教科化」を推し進めようとしている国・地方の教育行政を担う人たちの目には、はたして子どもの姿が映っているのだろうかと疑問を感じます。問題の本質はこれだということはできないにしても、規範の強化や刑の厳罰化では事態は改善されません。「問題行動」とよばれるものは、子どもたちが「自分を表現する手段を持ちえていない」ことへの呻吟ではないかと思うのです。それは一部の子どもが「わたしの話を聞いてほしい」というだけではなく、大勢の子どもの思いと連なっているのではないでしょうか。

 「なぜ、哲学を子どもに?」ということです。道徳を教科に格上げするに際して文科省は「考え、議論する道徳への転換を図りたい」としています。けれども徳目を押し付けるために「議論する」のでは議論することが単に道具になってしまいます。本当に必要な「議論する」とはどういうことなのでしょうか。そこを考えてみたいと思っています。

 “問答‐連”では、哲学的な問題を扱うことで、討議(対話)することの意味を、そして小学生段階からの可能性探っていきます。しかし、哲学的な討議(対話)をしていくことはそれほど簡単なことではありません。いきなり討議(対話)をはじめる。そのためのテクニックはこれこれしかじかですというほど怪しげなものはありません。まずは、大人自身が哲学的な討議(対話)を経験し、手探りで意味を見つけていくことから始めなければならないでしょう。

 そんな想いを具体化するために、“問答‐連”をはじめます。「子どもの対話」に関心のある方ならどなたでも歓迎します。是非、お越しください。詳細については、別紙をご覧いただければ幸いです。